弥生人の脳

風習や儀式、悲劇を封印

 作家・椎名誠氏がかつて、「夢をVTRのような装置で夜な夜な記録できる機械が発明されないだろうか」と書いています。すごくおもしろい夢を見たなぁと思っても、目覚めた瞬間思い出せずに、腹立たしいような、残念な気分になった経験をみなさんもお持ちではないでしょうか。
つい先日、全国版お昼のテレビ番組でも取り上げられた、青谷上寺地遺跡から出土した弥生人の脳。発見からこれまで、鳥取大学医学部の井上貴央先生によって研究が続けられ、少しずつ情報が引き出されてきているところです。脳が残っていたのは全部で三つ(脳1〜3)あり、頭蓋(ずがい)骨の形などからこれらの持ち主は、脳1が熟年男性、脳2は壮年(二十〜四十歳ぐらい)の男性、脳3は壮年女性でした。このなかでは脳3がもっとも残った部分(前頭葉頭頂葉)が多く、表面にあるシワなどもよくみられます。このほか、脳2はわずかな細片でしたが、脳1では前頭葉がありました。

 さて、これらの部分はどういった働きをするところなのでしょう。頭頂葉は痛みや熱さなど感覚に関係する部分や、筋肉など体を動かす機能をもっています。前頭葉は計画や意志など考える機能があるほか、気分、イメージや記憶と関連していると考えられています。

 脳3の持ち主は、抜歯といって、成人式や結婚式、家族の死などの際に歯を抜くという当時の風習の痕(あと)がありました。だから、この脳にはその時の痛さや儀式の様子が記録されていたかもしれません。

 また脳1の持ち主は、目の上などに刃物などで傷つけられた痕が数カ所ありました。ですので、この脳にはなぜこの人が傷ついたのか、そのとき青谷でなにが起こっていたのか、ここに住む人々はどのような暮らしをしていたのか…などなど、多くの記憶が残っていることでしょう。

 今後研究・技術の発展によって、椎名氏が望むような夢や記憶を再生する機械ができるまでは、残念ながらその記憶を引き出すことはできなさそうです。しかし、今私たちの前には、発掘調査などで得られたたくさんの遺物や遺構、それらを記録したものがあります。その量は膨大で、現在も整理作業が鳥取県埋蔵文化財センターを中心に続けられています。そして、これらをさまざまな角度から分析することによって、当時の風景が見えてくると思うのです。

 今年からオリックス・バファローズに移籍した清原和博選手のように、記録だけでなく、みなさんの記憶に残るような存在に、青谷上寺地遺跡もしていきたいと思っています