リハビリにも新しい流れ「経験」から「科学」へ

リハビリにも新しい流れ
「経験」から「科学」へ
神経生理学の発達で


 脳卒中患者の社会復帰の決め手となるリハビリテーション。以前はセラピストの経験に頼っていたが、近年、科学的データに裏打ちされた方法が確立されようとしている。神経生理学や画像解析技術の発達によって誕生した、脳の仕組みに着目して機能回復を促進する「神経リハビリテーション」だ。
▽再生する神経回路

 「脳卒中でまひした手足は鍛えてもしょうがない、という考え方がかつては主流だった」。大阪市のリハビリ病院、ボバース記念病院の宮井一郎(みやい・いちろう)院長はこう振り返る。
 しかし1990年代に米国の神経生理学者ランドルフ・ヌード博士が、まひした手足を使うと壊れた脳の神経回路が再構築されることを動物実験で突き止めた。
 脳細胞の損傷範囲に左右されるものの、手足を動かすことで生じる信号が伝わることで、脳の別の部分が肩代わりして働くようになるのだ。
 この結果を受け、まひした四肢を使わざるを得なくする「強制使用訓練」が注目され、リハビリと脳の働きの関係を調べる研究が本格化した。
 宮井院長は2000年、近赤外光を使って血中のヘモグロビン濃度を測定することで、歩行訓練などで動いている際の脳の活動状況を観察できる装置を島津製作所と開発した。




▽脳の活動に変化

 この装置をリハビリと組み合わせると、多くのことが分かってきた。
 例えば、重い脳梗塞(こうそく)で左足がまひした58歳の男性が発症102日目に初の歩行訓練を行う際に脳の活動も調べた。訓練は体をハーネスでつるし、足への荷重を減らしてトレッドミルを歩かせる、いわば足の強制使用。
 理学療法士が単に手で左足の振り出しを助けた場合は脳の活動はほとんど見られなかった。だが腰に手を添え、骨盤に正確な動きを与えることで足を自然に振り出させる「促通手技」を施すと、健康な脳の左半球で活動が見られた。
 30分間のリハビリ治療を行った後は、ともに梗塞が起きた右半球の感覚運動野の前にある運動前野で活動が現れたが、後者の方がより活発だった。
 ある程度歩けるようになった約2カ月後には、脳の活動が左右ほぼ対称になっていた。患者八人の約3カ月間の入院リハビリを追跡調査すると、歩行能力が改善した人ほど、左右の脳の活動が対称的になっていた。




▽専門医で処方を

 ボバース記念病院でもこの検査を導入しているのは重症患者の一部だが、新しいリハビリ法を導入する際に、その効果の検証に使っている。
 「どういうリハビリ法が適しているかは個人差があり、それを確かめることができる。将来は脳の働きを見ながらのオーダーメードリハビリも考えられる」と宮井院長。
 健常人の検査では、歩行を想像するだけで、実際の歩行時に似た脳の活動が見られ、正しい動きの観察も訓練に効果的なことが分かった。イメージトレーニングの有効性が科学的に立証されたことになる。
 神経リハビリは運動障害の研究が最も進んでいるが、言語障害などへの応用も可能。メロディーにあわせた発語や言葉の強制使用などが発案され、その効果の検証が始まろうとしている。
 リハビリで大切なことは、質の高い訓練を早くから、なるべく多くやること。残念ながら、神経リハビリによる最終的な回復度の改善までは十分に証明されていないが、宮井院長は「地道に一つ一つ、科学的な方法が確立されようとしており、リハビリは変わりつつある」と強調している。