説得

 ちなみに友人Tとは http://d.hatena.ne.jp/Marvy/20040307#p8
で紹介した男だが、会うのは久しぶりだ。久々に会った彼は幽鬼のようにやつれていた。相変わらず重度の鬱に悩まされながら自宅で療養していたようだ。彼にはとんでもない悪癖がひとつある。メール魔なのだ。こちらが無視しようとお構い無しに絨毯爆撃のごとく大量に送りつけてくる。まあ「拒否れば」いいわけだが、かつての親友にそこまでするのは忍びない。ここはひとつ言って聞かせようと、こういうことになったわけだ。
 しかし難しいのは話の持っていきかたである。いまの彼は手負いの獣のように手のつけられない状態だ。学生時代はキックボクシングを齧っていた彼だから剣呑なのだ。しかし長年の付き合いから人に手を出すよりも自傷傾向の強いことはあらかじめわかっている。例えば今こうして目の前で話している彼の両腕には無数のためらい傷が踊っている。
 だから必ずしも襲い掛かってこないということにはならないが、まあ安心してよさそうだ。(もっとも別の壊れた若い友人と横浜で飲んでいて、安心しきって酔っ払っているところに突然大外刈りをかけられた苦い経験がある。じゃあなんでそんなにキチガイばかりと付き合っているかといえばキチガイが好きだからだとしか言えない。キチガイって奴はいわば天然の宝石のようなものだ。)
 そしてもう一点問題なのは、彼がこの状態になってから、彼の友人恩人の多くは彼の元を去った、彼はそれに立腹しており、それを彼らの薄情さであると決め付けていることだ。無論中には薄情な者もいたが(薄情の筆頭は不幸にも彼の妻だが)多くはむしろ良心的といえる人物達で、その良心的な恩人友人達をも呆れさせるほど彼の乱心ぶりはひどかったのだ。

 説得は、言葉を選んでゆっくりと。生来口が悪く早口な僕には重い任だが、作業は慎重にゆっくりとおこなった。重要なのは共感を表明することだ。実は僕も過去に一度だけひどく彼に似たことをやってしまったことがある。携帯メールを使い始めだった当時の僕は別れたその子にひたすらメールをし続けた。相手が完全に怒るまで。以来同じ愚を犯さぬよう、1メールに返事が返ってくるまでは次のメールを出さないという原則を打ちたて、以降二度と同じ愚を犯していない。その話をしてあげた。
 どうやら納得してくれたようだ。話しては見るものである。
 家に帰ったら、また彼からメールが来た。あっさりとした短いメールだった。一通だけだった。話した甲斐はあったようだ。


しかしいい年した男にこんなことを噛んで含んで説明するのは骨が折れるし、労多くして益少ない。徒労。