我が町幡ヶ谷

 同棲相手から蹴りだされてこの町幡ヶ谷に越してきたのが去年の9月だか10月だかあたりだから、かれこれ早いものでこの町に住んで半年以上になるわけだ。
 この町に最初に来たときの印象は「空の無い町」であった。昔から東京を形容するフレーズとして詩心のあまり無い人々が多用したこの形容だが、この町に限っては過剰な形容ではなく事実だった。駅を出て地上にでるとそこは甲州街道で、その真上を首都高速が走っている。首都高はまるでそれがこの世界の屋根であるかのように全てを覆っている。その両脇にはびっしりとビルが立ち並び、空はほとんど見えない。昼なお暗い街路。当時の僕の心象風景にはピッタリお誂え向きだったので妙に居心地は良かった。
 そして僕の部屋はまさにその首都高に面しており、窓のすぐ下を、朝から晩まで無数の自動車が往来する。暇なときはそれを眺めて暮らしている。(まあ大概暇だが)右翼の街宣車やマフラーをはずした野蛮な走り屋には閉口だが、時折通りかかる修学旅行と思しきバスをからかうのが僕の趣味だ。
 無論天下の首都高であるから、その騒音たるや頭を割らんばかりで、最初は慣れるまで随分苦労をした。しかし人間はどんなものにでも慣れるようで今ではほとんど気にならない。むしろ無聊を慰めてくれる心地良い友人のようなものだ。ある意味理想的な友人といえるかもしれない。DoorsのHyacinth Houseが脳裏をよぎる。
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